ネーミングライツと聞くと、多くの人が思い浮かべるのは、スタジアムやホール、図書館といった「施設」ではないだろうか。そんな中、和歌山県橋本市では、空き家所有者と活用希望者を結びつける「空家バンク」という公共サービスにネーミングライツを導入した。愛称は「すみよし不動産空家バンク(橋本市空家バンク)」。
施設ではなく、サービスに企業名を付す——この取り組みは、どのような背景から生まれ、どんな意味を持つのか。橋本市建築住宅課係長の高橋一輝氏に話を聞いた。
空き家対策を積極的に進める橋本市
和歌山県北東端に位置する橋本市は、大阪府や奈良県と接し、JR線と南海高野線によって大阪都心部へもアクセスしやすい一方、山と川に囲まれた自然豊かな地域でもある。こうした住環境を背景に、移住・定住の受け皿にもなってきたが、同時に人口減少や高齢化が進み、空き家対策は市政の重要テーマになっている。市の調査では、1,300件近い空き家が確認されており、橋本市は空家バンクの運用、発生予防、空き家再生支援などを積極的に進めてきた。
高橋氏によれば、橋本市では空き家を移住や定住の受け皿としてだけでなく、事業用途として再生する動きも広がっているという。
実際に、銭湯やお菓子店、レンタルスペースなど、さまざまな用途で空き家活用が進んでいる。
橋本市空家バンクは、空き家を売りたい・貸したい所有者と、活用したい利用希望者をマッチングする制度だ。特徴的なのは、登録時に必要な写真撮影や間取り図の整理、周辺環境の確認などを市職員がサポートしている点にある。所有者にとって登録のハードルを下げることで、制度全体を使いやすくしている。
2026年3月時点で登録物件は185件、成約済物件は153件、成約率は82.7%に達している。賃貸・売買に加え、近年は無償譲渡物件も
扱っており、空き家の流通促進と若者定住促進をつなぐ仕組みにもなっている。
「サービス」へのネーミングライツ導入
空家バンクへのネーミングライツ導入は、もともと運用されていたサービスに導入されたものだ。高橋氏によると、橋本市では施設を対象にネーミングライツ導入を進めていたが、令和6年度に「施設以外のソフト事業でもできないか」という庁内の検討があり、その中で建築住宅課から空家バンクへの導入を提案したという。
その背景にあったのが、空家バンクの注目度の高さだった。高橋氏は、閲覧数の多さや市民からの知名度の高さから、「企業の知名度向上にもつながりやすい」と判断したと話す。橋本市では現在11件のネーミングライツ事例が公表されている(令和8年7月現在)が、その多くは公園、図書館、歩道橋、駐車場などの施設であり、空家バンクはその中でも唯一の「サービス」への導入事例となっている。
公共施設へのネーミングライツは全国でも珍しくなくなってきたが、公共サービスそのものに企業名を付ける事例はまだ多くない。橋本市でも、結果として空家バンクが初めてのソフト事業への導入となった。
前例の少ない中で進めた、すみよし不動産との契約
契約先となったのは、地域密着型の不動産会社であるすみよし不動産株式会社。募集期間中には他の宅建業者からの問い合わせがあったものの、最終的に、空家バンクの運用内容や導入後の名称周知の考え方を説明する中で、地域貢献への思いや関心を示していた同社と締結することとなった。単に名称を付けるだけではなく、地域課題の解決に関わる仕組みとして受け止めてもらえた事が、今回の契約につながったとのこと。
契約条件の設定にも苦労があった。高橋氏は、空家バンクにネーミングライツを導入した前例は見当たらず、参考にできる自治体事例がほとんどなかったと話す。そのため、期間については企業の事情に応じられるよう1年以上5年以内の幅を持たせ、金額については「どの程度の収入があれば、空き家対策に新たな施策を打てるか」という観点から検討を進めたという。現在の契約条件は、年額495,000円(税込)、契約期間5年となっている。

橋本市建築住宅課係長の高橋一輝氏
「橋本市の制度」と伝わる愛称の付け方
導入にあたって橋本市が強く意識したのは、「市の制度だと分からなくなる」ことを避けることだった。そのため愛称には、企業名だけでなく正式制度名の要素も残し、「すみよし不動産空家バンク(橋本市空家バンク)」という形にしたという。
高橋氏によれば、もともとはより簡潔な名称案もあったが、民間企業名だけが前面に出るのではなく、公共サービスであることが伝わる形を優先したという。結果として名称はやや長くなったが、現時点では「分かりにくい」といった市民の声は出ていない。
導入後に見え始めた効果
一方で、すみよし不動産側には「こういう形で名前が出ていた」「どれくらいの金額でできるのか」といった反応や問い合わせが寄せられているという。高橋氏は、想像以上にさまざまな人から質問があり、知名度向上には一定の効果が出ている印象を受けていると話す。これは、ネーミングライツが単に名称を変えるだけでなく、地域内で企業認知を高めるコミュニケーション施策として機能し得ることを示していると言える。
ネーミングライツを「自主財源確保の有効な取り組み」と捉える
橋本市では、少子高齢化や財政環境の厳しさが増す中で、ネーミングライツを自主財源確保の有効な取り組みの一つとして位置づけている。高橋氏も、自治体が持つ公共施設や事業を民間企業と結びつけることで、新たな財源を生み出せる効果的な仕組みだと説明する。得られた収入は、市民サービスの維持・充実につなげる考え方に立っており、企業にとっても地域貢献や知名度向上につながる取り組みとして整理されている。
空家バンクについても、ネーミングライツによる収入は、空家バンクの運用・空き家対策の充実に活用していく考えだという。サービスの認知向上と自主財源確保を両立させながら、空き家対策を進めていく取り組みとして位置づけられている。
サービスへの導入が広げる官民連携の可能性
高橋氏は、この仕組みが単なる収入確保にとどまらず、官民連携の入り口にもなり得ると見ている。空き家所有者から「どこか業者を紹介してほしい」と相談されても、行政が特定事業者を勧めるのは難しい。しかし、ネーミングライツや広告といった形で事業者情報が見える化されていれば、所有者が情報にアクセスし、結果として対策が進みやすくなる面があるという。
今後は、空家バンクに限らず、解体促進、相続支援、再生促進など、ほかの空き家対策分野でもネーミングライツの可能性を検討している。
他自治体への示唆は「本気で定着させること」
今後ネーミングライツ導入を検討する自治体にとって参考になる点を尋ねると、「愛称を本気で定着させること」が重要だと高橋氏は話す。企業に「申し込んでよかった」と思ってもらえるようにするには、名称がきちんと認識され、地域の中で使われていくことが欠かせないという考えだ。今回、橋本市ではその一つの工夫として、前述の通り、愛称の中に「橋本市空家バンク」を残し、市の制度であることが分かるようにした。
あわせて高橋氏は、対象選定、庁内の役割分担、契約条件、名称の決め方、周知の考え方などを、できるだけ事前に整理しておくことも重要だと述べている。特にサービスへのネーミングライツは前例が少ない分、制度設計の丁寧さが成否を左右しやすい。
施設だけではない、ネーミングライツの新しい可能性
公共施設への導入事例が中心だったネーミングライツに対し、橋本市は「空家バンク」という公共サービスにその可能性を見出した。公共サービスを対象としたネーミングライツはまだ事例が限られているだけに、今後の制度設計や官民連携を考えるうえでも注目される取り組みと言えそうだ。
NAME BRIDGE編集(眞田瑠璃子)
【自治体】和歌山県橋本市
【ネーミングライツ案件事例】すみよし不動産空家バンク(橋本市空家バンク)
